未来は社員自身の手で創る

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会社の価値を決める[ビジョン]は
全社員で議論し続けます

経済環境や産業構造が目まぐるしく変化する現代において、企業が勝ち残っていくのは簡単ではない。しかも、現代の企業には社会的な責任やコンプライアンス遵守の義務が課せられている。企業が、売上や利益だけを最優先に活動していればよかった時代は、すでに過去のものだ。これから事業活動をしていく企業には、日々のビジネスを、常に自らの企業理念や行動規範と照らし合わせ、自律的で明確な意志を持って社会に価値を生み出すことが求められている。

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変わらない「理念」と、変わる「戦略」と

サンリツオートメイションでは、会社の理念と事業活動の方針を記した[ビジョン]を全社員で共有している。
[ビジョン]は、旧い企業によくある「社訓」のような“教え”や精神論ではなく、きわめてロジカルに書かれた、会社自らの“定義集”とでも言うべきもの。サンリツが大切にする経営理念、すなわち企業としての価値観、信念、文化、行動規範、そして社会で創造すべき価値といったものが、実践を前提に整理されている。

その中身は70ページ近くもあり、用語の解説から社会構造の変化チャートに至るまで、一見、多岐にわたる。だが、構成は非常にシンプルだ。
会社として、どんな価値を生み出し、どんな行動規範で運営していくかの「企業ビジョン」と、どんな事業領域に、どんな強みを持って取り組んでいくかの「事業ビジョン」との2本柱になっている。
前者が、時代を通して変わらない“企業DNA”であるならば、後者は時代の変化に応じて見直し、進化させる“事業戦略”という位置付けだ。

そして、この[ビジョン]を単に理念として掲げておくのではなく、社員が主体となって、日々の事業活動に[ビジョン]を反映し、進化させていることにサンリツの特徴がある。

部署ごと、年齢層ごとなど、さまざまなカテゴリーで[ビジョン]を議論する場が社内で定期的に作られ、その議論のリード役、まとめ役のファシリテーターとして、社内横断的な「ビジョン事務局」というチームを置いている。

そもそも、[ビジョン]が現在のような形にまとめられたのは、創業から30年以上を経た2007年のこと。それまで、暗黙のうちに役員や社員の間で共有してきた企業としての価値観や企業文化、事業活動の行動規範といったものを、改めて整理・集約し、言語化し、明文化しようという試みから生まれたものだ。

仕事が[ビジョン]通りになっていない部分があって、その検証に対話集会をする意味がありました

初代のビジョン事務局長を務めた高倉広義(現・先進計測制御事業担当取締役)は、[ビジョン]の作成作業から関わったと言う。

「2006年5月から役員の間でビジョン作りの作業が始まり、私はそこにお手伝いで入っていました。半年くらいかけて[ビジョン]が出来上がりまして、内容を社員に理解してもらい、共感してもらうための対話集会を行うことになりました。その実行部隊として、2007年2月に事務局を立ち上げたんです。
だいたい職場の各フロアからメンバーが出るような形でお願いをして、最初は7人でスタートしました。まずはこの7人が、[ビジョン]の内容をちゃんと理解するところから始めました」

雨海明博(現・研究開発室長)も、7人のうちの1人だった。
キャリア採用で入社した雨海は、外の世界での仕事経験があったことから、多角的な視点での知見を期待されてのことだった。

「誘われてメンバーになりましたが、最初は、何をしたらいいのか、さっぱり分かりませんでした。でも、それまではなかった会社の[ビジョン]ができてきて、読んでみると、上からの指示で動くのではなくて、社員が自分で考えて主体的にこの会社を動かしていくんだということがきちんと書かれている。
これは非常にいいなと、社内に広めていくのをお手伝いしようと思いました」

理解してもらう方法が見つからない

しかし、実際に事務局のメンバーがファシリテーターを務め、大小の対話集会を始めてみると、手応えのなさに苦労した。

「もともと社員のほとんどが暗黙のうちに共有していた理念を明文化したものが[ビジョン]ですから、内容について異論のある人は、あまりいないんです。しかし、日々の仕事が[ビジョン]に沿った形になっているかというと、なっていない部分がたくさんあって、そこを検証していくことに対話集会の意味がありました。
でも、多くの社員は、話を聞いているばかりで、積極的な反応があまりない。内容を理解してもらえたのかどうかも分からない。対話集会のメンバーの組み合わせ方を色々と工夫してみたり、発言を促すような質問を考えたり、さまざまなアプローチを試しました」(高倉)

由利里弥(現・管理部企画労務担当)は、そうした様子を見て2008年に事務局に参加。2019年まで10年以上にわたってメンバーを務めてきた。

「私は2006年に2回目の産休育休を取ったのですが、会社に戻ってみたら、社内の様子が大きく変わっていました。さっそく[ビジョン]を説明する対話集会に参加してみると、参加者がほとんど意見を言わないんですね。せっかくの対話集会なのに、対話がないんです。
これは良くないなと思っていたところに、事務局から誘いがあったので、じゃあやってみようかと。何か自分でできることがあるかもしれないという思いからでした。
当時から人事や採用関係の仕事を担当していましたので、事務局と連携しておいたほうがいいという事情もあって、長くメンバーを務めることになりました」

結局、社員の間に理解・共感が得られたという実感を事務局メンバーが得るまでには、2年、3年という時間が必要だった。

最初はちょっと距離を置いていたベテランの社員も、徐々に馴染んできたのか、もう距離感はありません

「社内に理解を広める方法論をめぐって、事務局の中で激論が交わされたこともありました。多くの社員が抽象的な議論には慣れていなくて、集会でも議論そのものが噛み合っていかない。議論に慣れる時間が必要でした。
また、社員の中には、数は少ないですけど、なかなか理解していただけない人もいて、どう説得していこうかと事務局で話し合ったり、すんなり理解したように見える人が、本当に理解しているのかどうか確認する方法を模索したりと、アプローチ方法の悩みは尽きませんでした。
個人的に飲みに誘って、話し合うことまでしましたね」(高倉)

しかし、効果的な方法は見つからず、こつこつ地道に広げていくしかなかったと雨海は言う。

「人数の多い集会ですと反応に乏しいのですが、数人の小さなグループだと発言をしてくれる人が出てくる。せいぜい4~5人のグループが話しやすかったです。
対話が始まってみると、参加者の勘違いがポロポロと出てきたりして、ようやく議論が成立するようになる。そうやって少人数の集会を重ねていって、議論が落ち着くまで2~3年かかりました。
最初は、やっかいな新しいルールを押し付けられると勘違いしていた人も、議論するうちに内容が理解できてきて、反発がスーッと消えていきましたね」

ちなみに、[ビジョン]は、こうした議論を経て少しずつ書き足されていく。社員が理解しにくい概念や、誤解しやすい言葉があれば、ミスリードしないように解説や用語説明を追加するからだ。このため、スタート当初に比べて、[ビジョン]のページ数は大幅に増えている。

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