航空宇宙の開発は試験、また試験

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「高性能な設計」だけでは終わらない
過酷な現場で動かすまでが「開発」です

かつてコンピュータには、空調の効いた専用の部屋が用意され、快適な環境で運用されていた時代があった。しかし、社会の隅々にまでコンピュータが普及した今、使われる環境は実にさまざま。産業用機器に搭載する組込コンピュータともなれば、非常に過酷な現場で、安定した性能を求められることが多い。要求性能を満たすハード&ソフトを設計し、プロトタイプを作り、使用される環境で確実に動作するように信頼性を上げていく。その一連のプロセスをクリアして、はじめて「開発」は完了する。

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宇宙で使う機器に求められるもの

宇宙ステーションで使う実験装置の一部を開発してほしい──
数年前、こんな依頼が、サンリツオートメイションに舞い込んだ。

説明された実験装置は、無重力の宇宙空間で、実験用の小動物を飼育するための装置だった。

無重力空間で小動物が生活できるよう、飼育するのは重力を発生させる回転装置の中。その飼育温度を送風ファンでコントロールする仕組みになっている。依頼されたのは、そのファンのコントロールユニットだった。

宇宙用だからといって、設計上の特別なハードルの高さはありません

担当した開発四部の部長でスペシャリストの佃 啓二が言う。

「普段の産業用製品の開発と比べて、技術的に難しいということはありません。処理速度などで、特別に高い性能を求められる製品ではありませんでした。宇宙で使いますから信頼性が大事ですけど、これまで開発してきた産業用製品の信頼性が低かったわけではない。その意味で、宇宙用だからといって、設計上の特別なハードルの高さはありませんでした。用途によっては宇宙グレードの専用部品を使う装置もあるようですが、今回のターゲット製品では、使用する部品も宇宙向けの特殊グレードのものは要求されませんでした」

とはいえ、宇宙で使用するために、地上で使う機器とは違った条件が、いくつもあった。

例えば、電子回路の基板で使われる“はんだ”は、環境汚染を防止するために、2006年のEU規制を機に、有害物質である鉛を含まない“無鉛はんだ”に切り替わっている。家電製品などすべてそうだ。

しかし、“無鉛はんだ”はまだ歴史が浅く、信頼性が十分に担保できない。しかも、“有鉛はんだ”に比べて、ネガティブな特性差がある。開発の仕様書には、“有鉛はんだ”が指定されていた。

あるいは、今回の製品には含まれていなかったが、密封された部品にも注意が必要とのこと。ステーションで火災が発生したときに、消火のために減圧される場合があり、気圧が大きく変化するリスクがあるかららしい。

「故障しても安全」が最優先

そして、通常の開発と最も違うのは、故障や試験に対する考え方だと佃は語る。

「もちろん、故障しない方がいいのですが、故障しても大きなトラブルにはつながらない、“故障しても安全”ということが最優先のように感じました。この装置が壊れても全体への悪影響が小さい、火災にならないといった、装置故障が原因での2次被害を出さないということですね。加えて、今回の装置では、小動物の生存が第一位優先という部分が一般的な産業機器とは違う特徴でした。
この安全の考え方は、日常の製品作りでも共通してはいるのですが、その確認が徹底している。その手間と時間のかけ方、安全性をNASA(米国航空宇宙局)やJAXA(宇宙航空研究開発機構)が審査するための文書作成などが最大の違いでした」

宇宙ステーション内は人が居住する環境なので、地上の屋外設置される制御盤に比べれば、高温や低温にさらされる可能性は低い。だが、製造工程での、わずかな工作不良をも洗い出す意図もあると思われるが、フライト品の全数に対し長時間のバーンイン試験を行った。

幸いにも、完成したユニットは、全数が無事に合格した。しかし、まだここから先が長い。実際に宇宙で稼働させるまでには、何段階もの試験プロセスが決められていて、すべてクリアしなければ使われることはない。

コントロールユニットの納品時に提出する設計データ、試験データのファイルは、最終的に分厚いバインダー数冊にも及んだ。

社内のバーンイン試験を終えたユニットは、発注元のメーカーへと送られる。そこで実験装置全体が組み立てられ、電磁波ノイズを出さないか、他の電磁波ノイズの影響を受けないかといったEMC(Electromagnetic Compatibility)検査など、さらに多くの評価試験が積み重ねられていく。

サンリツが担当したファンの回転数が、実験装置に組み込まれることで微妙に変化し、風の流量に影響が出た。発注元での評価試験中にコントロールユニットのパラメータを調整したこともあった。

結局、発注元への納品から、ロケットの打ち上げ待ちの時間もあって、宇宙に飛び立つまで、1年半もの時間を費やした。

忘れかけたころ、製品を載せたロケットが、ようやく打ち上げられたことをニュースで知った。

「私たちの仕事では、現場の環境をよく知っていることがとても大切と言われます。でも、宇宙での使用環境について知らないことが沢山ある。故障したから現場に行って直してくるというわけにはいかない。だから、信頼性を設計や製造プロセスに組み込んで、地上での試験で確認することが必要なんですね」

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