開発の苦労と面白さ

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開発はチャレンジの連続
「苦労」と「面白さ」とは表裏一体です

パソコンの電源を入れると、すぐに画面が立ち上がる。有料道路のETCゲートは、通過するだけで自動的に料金が計算、収受される。人々が日常生活で当たり前のように利用し、信頼しているシステム。つい、「コンピュータだから正確」だと思い込みがちだが、システムの裏側では、数多くのエンジニアが、コンピュータを正確に働らかせるべく、一見地味な、しかしチャレンジングな開発を重ねている。時代の変化を担う新しいシステムともなれば、ハードルは高く、それだけ達成感も大きい。

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原因を解明しにペナン島へ

「動くまでは帰ってくるなよ~!」
社長の鈴木一哉のにこやかな笑顔に見送られて、FAコンピュータの開発チームが海外出張に出発したのは2017年1月のこと。行き先は、マレーシアのペナン島だった。ここに米国インテル社の製造・開発拠点がある。

当時、サンリツオートメイションでは、主に半導体製造装置向けの新しいFAコンピュータSWS1100の開発に取り組んでいた。インテル製のハイエンドCPUを搭載し、コンパクトで高性能な製品を目指していたが、なぜかうまく動かない。その原因を突き止めるための出張だった。

社内で最も長くインテル製品と付き合ってきた開発統括部の技監、橋詰武司がインテルとのやり取りを振り返る。

新しいFAコンピュータが動かない。3ヵ月くらい動きませんでした 新しいFAコンピュータが動かない。3ヵ月くらい動きませんでした

「新しいFAコンピュータを組み上げたものの、さっぱり動かない。3カ月くらい動きませんでした。あらゆる角度から原因を調べてみても、どうしても分からない。インテルが持っているリファレンスボードと細かく比較検証してみれば原因が分かるかもしれないと、代理店を通じて貸してくれるように頼んだんです。でも、生憎その時は、貸し出せるボードはないという。それじゃ、こちらから出向いて使わせてもらおう、ということになりました」

出張の予定は1週間。月曜日から始めて、金曜日までには解決するつもりだった。インテル側も、BIOS(バイオス)やハードのエンジニアたちが入れ代わり立ち代わり参加してくれての検証作業だったが、2日、3日と過ぎても、原因が全く見えてこない。
日本側でも、並行してペナンからの情報をもとに、チームのBIOS担当、システム開発部主任技師の大串 寛が色々と試していたが動かない。

翌週はインテル側が対応できないため、次回出張の段取りをしておこうかといった話がチーム内で出始めた木曜日、その夕方になって原因はいきなり判明した。
橋詰たちにとって、それは想定外だったけれど、コンピュータの世界では決して珍しくない原因だったという。

チームの開発一部主任技師、須藤則幸が続ける。

「サンリツのボードは、インテルの標準回路に準拠して作りました。ですから、インテル製のボードと細かく比較検証して、原因を探っていったんです。可能性の高いところから順に調べていくと、ある信号が両者で違っていた。試しに、その部分をインテル製ボードと同じにしてみたら、それだけで動きました。詳しい内容までは話せませんが、ペナンまで来て、ようやく解決できて、達成感ありましたね」

サンリツにとっては、余分な労力を費やした結果となったが、思わぬ収穫があった。この一件をきっかけに、インテルとサンリツのエンジニアとが、直接情報を交換し合う関係が出来上がったことだ。

BIOS開発担当のシステム開発部主任技師、高橋直人は、代理店経由の情報交換より、こうした直接やり取りできる関係こそが重要だと言う。

「このインテルの件は、決して珍しいケースではないですね。半導体メーカーの推薦回路通りに作っても、さまざまな事情ですんなり動かないことは、よくあります。それを何とかして、問題なく使えるようにするのが私たちの仕事です。
だから、こちらに知識があって、対等な関係で直接やり取りできないと、自分たちの製品の性能や信頼性に響いてくる。今では、インテルとは、何かあれば、先方の技術者と電話会議で協議できるようになりました」

インテルとの関係が密接になったことで、2019年、高橋は2回目のペナン出張を企画した。テーマは、累積したインテルとの諸々の協議と次のFAコンピュータための情報収集。それに新人研修も兼ねて、若手を連れての出張となった。

コンピュータは、動かないのが当たり前!?

そもそも、サンリツがインテル製品を採用してきた歴史は長い。
1990年にDOS/Vパソコン(PC/AT互換機)が登場し、1992年にはWindows3.1が発売。互換性の高さ、使いやすさ、価格の安さで、パソコンが普及する一大転機となった。

その動きを見て、産業用コンピュータに活用できないかと、早くからパソコンに目を付けたのがサンリツだった。その後、WindowsNT、Windows95、WindowsXP……等の登場で、産業用コンピュータへ活用の動きはさらに加速していく。

「当時、パソコンには、インテルの80386、80486といったCPUが使われていました。一方で産業用のコンピュータは、ほとんどが米国モトローラ社製CPUのMC68000シリーズ。サンリツがインテルCPUのボードを発売した1993年頃は、産業用コンピュータにインテルを使おうというメーカーは、海外勢にチラホラ、国内ではサンリツ以外に1社くらいしかありませんでした」(橋詰)

拡大するパソコンの波が、いずれ産業用コンピュータにも押し寄せる時代が来ると読んでの先行チャレンジだったが、それには明確な理由があった。

1つ1つ原因を突き止め、解決していって初めてパソコンは動く。そういう世界なんです 1つ1つ原因を突き止め、解決していって初めてパソコンは動く。そういう世界なんです

「モトローラ系を使うか、インテル系を使うかで最も違ってくるのはOSです。初期のパソコンにはモトローラCPUの製品もありましたが、さまざまな要因から淘汰されて行きました。DOS/Vパソコン、すなわちインテルアーキテクチャを使って組込ボードを作ると、Windowsが使えるためにソフト開発が非常にやりやすい。これは産業用コンピュータにとっても大きなメリットでした。今では、産業用途でもWindowsが当たり前のように使われています」(高橋)

産業用コンピュータにも、まさに新しい時代が始まろうとしていたのだ。
社内でパソコン技術を活用したボード開発が始まったが、新しい技術の黎明期には付きものの苦闘の連続だった。

「回路を設計し、その通りにボードを作り上げて電源を入れても動かない。動くようになるまで何週間もかかるんです。まず難しいのがBIOS。BIOSはコンピュータのハードそのものを動かすためのプログラムで、電源を入れると真っ先に立ち上がるはずなのですが、これが一筋縄ではいかない。回路設計に問題があるのか、ボードに製造ミスがあるのか、あるいはBIOSに問題があるのか、なかなか判断がつかない。原因を特定していくと、すぐに数週間が過ぎてしまいます」(橋詰)

高橋は、BIOS専門のソフトウェア会社で働いた経験があるが、そこでも最初からBIOSがきちんと動くことは、あまりなかったと言う。

ペナンまで来て、ようやく解決できて、達成感ありましたね ペナンまで来て、ようやく解決できて、達成感ありましたね

「お客さまから持ち込まれる新しいボードでは、BIOSのインストラクションが100行も動けばいいほう。全部で数万行のインストラクションがありますから、1つ1つ原因を突き止め、解決していって初めてパソコンは動くようになる。そういう世界なんです」

須藤には入社した頃の記憶が残っている。

「20年前の入社当時、インテルのCPUはすでにPentiumⅢ(ペンティアム3)に進化していました。でも、作ったボードが1週間や2週間は動かないという状況は同じでした。さんざん苦労して画面が出たら、とりあえずバンザイするような感じでしたね」

しかし、そうした状況は、すでに過去のものになりつつある。動かないボードに立ち向かい、解決してきた幾多の経験が、ノウハウとして蓄積されているからだ。

「最近ではCPUが高度化、複雑化して、インテルの標準回路に準拠しないと動かない場面が増えています。なので、サンリツで作るオリジナルの部分と、インテルの標準回路とをいかにマッチさせるかが、私たちの仕事になっています。蓄積したノウハウがありますから、現在は、早ければ数時間で動かせるようになりました」(高橋)

実は、BIOSのコードまで触れるエンジニアは、国内にせいぜい数十人しかいない。サンリツには高橋たち3人がいて、BIOSエンジニアの層が厚いことも、開発時間の短縮に貢献している。

世間一般の常識とは異なり、CPUを買ってきて、標準回路を組んだだけではまともに動かないのがコンピュータだ。半導体メーカーと対等にやり取りできるスキルを持ち、解決する方法を見つけ、それをBIOSレベルに反映できて、はじめて満足のいくコンピュータ製品が出来上がる。それは、パソコン黎明期も現在も、変わってはいない。

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